仏陀真理のことば: 第二五章修行僧(1)

第25章は「修行僧」について説いています。

正に自己は自分のあるじであり、

自己は自分のよりどころである。

故に自己をととのえよ。

よい馬を育てるように。

自己という言葉と自分という言葉を使い分けています。

自己と言うのは、自我と言ってもいいでしょうか、自分はこうしたいとか、自分の考えはこうだなどと言う心のことを指します。

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仏陀真理のことば: 第二四章愛執

第24章は「愛執」について説いています。

考えが定まらず、心が乱れ、

愛欲が激しくつのるのに、

愛欲は清らかだと言う人は、

愛への執着をますます深める。

そしてこの人は、

束縛の絆を実に堅固にしてしまう。

キリスト教では、「隣人を愛せよ」などと、愛を大切にしていると思います。

しかし仏教では、愛に執着してはならないと言います。

仏教では、慈悲と言う言葉がありますが、これは愛欲とは違います。

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仏陀真理のことば: 第二三章象

第23章は「象-聡明な伴侶」について説いています。

思慮深く、行い正しく、

聡明な伴侶を得ることが出来たならば、

あらゆる危険や困難を乗り越えて、

心喜び、正しく念じつつ、

ともに歩むがよい

仏陀の時代、修行は一人でするものか、共同でするものかという議論が盛んになされていました。

仏陀自身も結局一人で修行して悟りを得ていますし、スッタニパータという経典の中で、出家者は犀の角のように一人離れて修行せよと説いています。

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仏陀真理のことば: 第二一章さまざまなこと

第21章は「さまざまことで、広大な楽しみをのぞんで、つまらぬ快楽を捨てよと説いています。

自分の快楽を得るために、他人を苦しめるというようなことはしないのが普通だと思います。

他人を苦しめてまで自分の快楽を得ようとする人は、ごく少数だと思うのです。
例えばその少数の例として、泥棒などです。

他人のもの、お金などを奪って自分の快楽を得るわけです。

問題はそういうことではない様に思います。

自分が他人を苦しめていることに気がついていないのです。

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仏陀真理のことば: 第二十章道

第20章は「真理の道-八正道」について説いています。

一切のものは苦しみであるという詩があります。

277は諸行無常、278は一切皆苦、279は諸法非我として知られている詩です。

諸法無我といわれますが、非我と無我は大きく違うと思います。

仏陀の生きた時代、バラモンが思想を論じていた時でい「ワレ」という我は存在するかしないかと言う論が盛んに行われていました。

仏陀はその論争に加わることなく、独自の見解を打ち出しました。

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仏陀真理のことば: 第十九章道を実践する人

第19章は「道を実践する人」について説いています。

仏陀は言われました。「私は最高の楽しみを得た」と。

そのためには単に言われたことをなしていれば良いのではなく、心が洗われて来なければその境地に達することは出来ないのだといわれます。

いろいろの決まりごと、戒律を守りますと言っただけではその境地には達せられません。

沢山の教えを聞き、何でも知っている博学になってもだめなのです。
瞑想してみても、一人居を続けてみてもそれらは単に空回りをしているに過ぎないのです。
肝心の心が綺麗になってこなければならないのです。

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仏陀真理のことば:第十八章汚れ

第18章は「汝はと」目の前にいる「私」に直接説いている章です。

汝の命はと、直接話しかけてきています。
不特定多数の人に説いているわけではありません。

命は終わりに近づいたといっても死を間近に迫った状態を言っているのではありません。

二十歳を過ぎたか、三十歳を過ぎたかわかりませんが、すでに人生半ばに入った私に説いていられるのでしょう。

閻魔大王が出てきます。
仏陀は輪廻を実在しないとされ、地獄の実在も否定されています。
もちろん閻魔大王の実在も否定しています。

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仏陀真理のことば: 第十七章怒り

第17章は「怒り」「怒らないことによって怒りにうち勝ちなさい。」と説いています。

アトラーという信者が、ある長老に教えを乞いにいきましたが、瞑想していて教えてくれず、別の長老のところへ行って聞いてみたら哲学論ばかりやたらに聞かされ全く理解できませんでした。

別の長老を訪ねたところ、少しだけは話してくれたけれども、充分意を尽くした話は聞けませんでした。

腹に据えかねたアトラーは、とうとう仏陀にそのことを訴えました。

仏陀は、

「アトラーよ、昔から言われていることであって、今に始まったことではないのだけれども、多くを語らない人は非難されるし、多くを語る人も非難されるのです。
そして中くらいで適当な語りをした人は非難されないかと言うとそうでもなく、やはり非難されるのです。」

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仏陀真理のことば: 第十六章愛するもの

第16章は「愛するもの」について説いています。

「愛するもの」としていますが、「愛する人」と訳してある文献もあります。

人に限らず、全てのものに愛をむさぼってはならないと教えていると思います。

自分のものにしたいという欲望、執着してはいけないと説いていると思います。

愛するものと会うな、と言うのは、会えば更に愛がつのるし、愛しないものと会うなというのは、憎悪の心を起こしてはならないからだと考えます。

愛しないもの、というのは、全部の中から愛するものを除いた全てのもの、という意味ではなく、嫌いなものという意味と思います。

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