仏教のことば:「一乗(いちじょう)」

一乗(いちじょう)

「乗」とは、のりもののことで、大乗仏教の唯一究極の理のことです。

一乗(いちじょう)とは、仏教、とりわけ大乗仏教で、仏と成ることのできる唯一の教えのこと。一仏乗(いちぶつじょう)、仏乗(ぶつじょう)ともいう。「一」は唯一無二、「乗」は衆生を乗せて仏果に運ぶ教法の意。Wikipediaより引用

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仏教のことば:「一蓮托生(いちれんたくしょう)」

一蓮托生(いちれんたくしょう)

一蓮托生とは、死後、極楽浄土で同じ蓮華の上に生まれることを指しています。
同じ信心で結ばれている人たち、夫婦、友人などが、来世に極楽浄土で一緒に暮らそうと願う時、また、この世で結ばれぬ恋人同士が、来世こそ添い遂げようと願う時などに使われる言葉のようです。

、いつしか、善悪に関係なく、運命をともにする意味に用いられるようになりました。

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仏教のことば:「一味(いちみ)」

一味(いちみ)

釈迦の御法は唯一つ一味の雨にぞ似たりける
三草二木は品々に花咲き実なるぞあはれなる

仏法は貴賎・男女・大小に関わりなく平等無差別であることを「一味」といいます。
海水はすべて同一の塩味であるのに喩えたものです。
『正信偈』にも「如衆水入海一味」とあります。

そこから、一味同心(心を一つにして味方をする)一味徒党(同志の仲間)などの語句が生まれました。
しかし、悪党の一味などは穏やかでありません。

『梁塵秘抄』はさらに続けます。

阿弥陀仏の誓願ぞかへすがへすもたのもしき
一度御名をとなふれば仏に成るとぞ説いたまふ
我等は薄地の凡夫なり善根勤むる道知らず
一味の雨に潤ひてなどか仏にならざらん

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仏教のことば:「一大事(いちだいじ)」

一大事(いちだいじ)

『法華経』に、「諸仏世尊は、唯一大事の因縁をもっての故に、世に出現したもう」という文があります。
仏陀は、ただ一つの偉大な目的と仕事のために、この世に現れたといいます。

その目的と仕事とは、仏の智恵を、凡夫に教え(開)、示し(示)、理解させ(悟)、その道に入らしめる(入)ことである、と説いています。
つまり、仏がこの世に現れたのは、衆生を救済するためだけだというのです。
これが一大事です。

『真宗新辞典』によると、仏の一大事とは「釈迦がこの世に出現された目的は、愚悪の凡夫を救うため、弥陀の本願を説きあらわすこと」であり、衆生の一大事とは「弥陀に救われて浄土に往生すること」と説明しています。

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