戒定慧(かいじょうえ)
戒と定と慧。
三学ともいいます。
仏道修行者の必ず修学実践すべき根本的なことがら、悪を制するを戒、心の動揺を静め瞑想するを定、真実を証するを慧といいます。
行動の規範である「戒」と、宗教的精神統一である「定」と、真理を知る「慧」。仏道修行者の修めるべき三つの要目。三学。
仏教の戒定慧(三学)
仏教の戒定慧、つまり三学とは、仏道を修行する人間は必ずやらなければならない最も基本的な三つの行の事です。
一つ目の戒ですが、これは仏教徒における生活規範の事です。
仏教徒には仏道に専念する出家者と家庭で各々の職業につきながら、ブッダの戒めを守りお布施などをする在家の信者がいます。
出家者であろうと在家者であろうと、仏教とはブッダが定めた戒律を守らなければなりません。
出家者の男性は250戒、女性は348戒、在家者には5戒(人を殺めてはいけない、物を盗んではいけない、淫らな行為をしてはいけない、嘘をついてはいけない、お酒を飲んではいけない)があります。
つまり戒とは戒律をしっかりと守る事です。
しかしそれは決して誰かに強制されて行うものではなく、自らが自発的に行うものなのです。
二つ目の定は、禅定ともいい、心と体を穏やかにして心を一つの対象に集中し、一切乱れない状態の事を言います。
もともと禅定は、ブッダ以前からインドにあった一般の修行方法でしたが、仏教に取り入れられ悟りを開く道への重要な修行の一つなりました。
その後、禅定は座禅などに発展していきます。
つまり定とは、精神を集中して心を乱さないようにする事を言います。
三つ目の慧とは、智慧の事です。
しかし仏教における智慧は一般的にいう知性や知識といったものではなくて、審理を開く智の事を言います。
二つ目の定の瞑想における禅によって物事の見方が変わり、真理に目覚めていく事を言います。
戒や定では、自分の頭の中に煩悩が出てきて、それを抑えるといった感じですが、慧ではもはやその煩悩すら出てこない領域に達します。
何故ならその煩悩が出てくるところをふさいでしまうような感じだからです。
この三学を分かりやすく木の成長に例えると、一つ目の戒で木を支える豊かな土壌を作り、二つ目の定で小さな種から大きな大木に成長させ、そして三つ目の慧で見事な果実を実らせるといった感じです。