仏陀の教え(14)八正道と六波羅蜜

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「苦」を滅する方法「八つの正しい道・八正道」

仏陀(ブッダ)は「苦」を滅する方法として八つの正しい道を解き明かしました。これが、正見・正思・正語・正行・正命・正精進・正念・正定の方法です。

これらすべての方法に「正」の字がついていますが、「正しい」とは「真理に合った」・「調和のとれた」考えや見方、行動をさし、小我「自分本意」にとらわれて、自分自身を過大評価し、不平・不足・不満などの苦の種をつくらない大きな立場で物事を判断できる人間となる事を示す道として解き明かしたものです。

ものの見方には現象に現れた差別の見方や前記した大きな立場からの「平等だけの見方」のどちらに偏っても正しい見方とはいえないのです。

ここでなぜ「平等」の見方だけで正しくないのかという疑問が湧くかもしれませんが、物の本質として現象に千差万別の差別の実相を現すには、それなりの原因や条件があり理由があり無視する事はできないのです。

このように差別の見方にも偏(かたよ)らず、平等の見方にも偏らない、両者を総合したとらえ方が本当の「正しい」見方やとらえ方となります。

これを仏教では「中道」といいますが、これは一方に片寄らない、ちょうど真ん中という意味ではなく、その時々の真理の条件・立場に合った最善の方法の見方や考え方という事です。

八正道は仏陀(ブッダ)の説いた涅槃に至るための八つの基本的な修行の道筋で、六波羅蜜は菩薩(仏道修行者)の実践するべき基本的な六つの徳目をいいました。

八正道とは、この前提となるのは、仏教においてどういうことが正しいかという見方なのです。

仏教では、すべて物事は原因があって結果が生まれると考えます。

これを因果律といいますが、この因果律に従うのを「正しい」といい、その囚果律を否定するような考え方を「邪」とか「不正」という。

つまり、囚果律が正邪の判断の背骨になっています。

仏陀(ブッダ)は創造の神を否定して、すべてのものには、すべてそれなりの原因があって結果が生じると考えました。

そうした考えのうえに立って、八つの正しい徳目を修行しなくてはいけない、といっています。

六波羅蜜多と八正道の関係

上座部仏教(テーラワーダ)の僧侶は、修行の項目として八正道を日々心がけ生活しています。
大乗仏教(マハヤーナ)の僧侶と在家信者は、六波羅蜜が修行の基本とされています。

持戒=正語・正業・正命、禅定=正念・正定、般若=正見・正思、精進=正精進になる、と区分しています。これに布施と忍辱が六波羅蜜には加わります。が、布施・持戒・忍辱・精進の4つが大乗仏教の主要修行項目となっています。

八正道→「内面である「思い」
六波羅蜜多→「外面である「行動」
これを規定するためのものではないでしょうか。

八正道→「思いをどのように規定するか」
六波羅蜜多→「その思いが行動の面に現われたとき、どのような現われ方をするか。悟りたる人であるならば、どのような行動の型が現われてくるか」
と考えられます。

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