仏教のことば:「愛」

「愛」あい

愛(あい)

前回までで、仏陀の教え、仏陀の生涯、仏陀の物語、仏陀の最後の旅、仏陀の意思を継ぐもの、と記載してきましたが今回から新たに「仏教のことば」として新たなシリーズを始めようかと思います。

まずは、「愛(あい)」から始めましょう。

仏教では「一切苦悩を説くに愛を根本と為す」と『涅槃経』にあるように、愛は迷いや貧(むさぼ)りの根源となる悪の心の働きをいいます。
のどが渇いたときに水を欲しがるような本能的な欲望で、貧り執着する根本的な煩悩を指します。

愛欲、愛着、渇愛などの熟語は、そのような意味をもっています。

一方、仏教では、このような煩悩にけがされた染汚(ぜんま)愛ばかりでなく、「和顔愛語」のように、けがれていない愛も説かれています。
仏菩薩が衆生を哀憐する法愛がそれなのですが、たいてい「慈悲」と呼ばれているようです。

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十大弟子について-阿難尊者(アーナンダ)

阿難尊者(アーナンダ)

阿難(あなん)

阿難、阿難陀の略。

仏陀(ブッダ)の従兄弟で出家後は持者として、生涯仏陀(ブッダ)に仕え、また仏陀(ブッダ)の法門を常に間近で聴聞し、つぶさに記憶したことから、多聞第一の尊者といわれています。

仏陀(ブッダ)滅後の法門と戒律の統一を確立するため、大伽葉尊者の提唱により、第一結集(けつじゅう)(経典編纂会議)が王舎城・七葉窟において開催されますが、多聞第一の阿難が出席資格である阿羅漢でなかったことが、問題視されます。

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十大弟子について-羅尊者(ラーフラ)

羅尊者(ラーフラ)

密行第一の羅喉羅(らごら)

仏陀(ブッダ)の実子というより、ゴウタマ・シッダルタ太子と妃であったヤショーダラ姫とに授かった子供です。

仏陀(ブッダ)は16歳で結婚されましたが、なかなか子宝に恵まれず、27歳になったとき妻のヤショーダラ姫との間にようやく授かったのが一人息子、羅尊者でした。

太子は我が子が産まれたとき、「障礙(しょうげ)生じたり」とこぼされたとされています。
既に出家を決意されていた太子にとって、子供の存在は決意を鈍らせることになりはしないか。

障礙(さまたげ)は原語でラーフラ。

それが命名のいわれです。

ちょっと気の毒な気がします。
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十大弟子について-優波離尊者(ウパーリ)

優波離尊者(ウパーリ)

持律第一の優波離(うばり)

優波離はインドのカーストでも下層のシュードラの出身でした。

仏陀(ブッダ)がまだ悉多(シッダルタ)といわれた太子の頃カピラ城で釈迦族のもとで、なんと阿那律の奴隷として仕えていた理髪師だった優波離ですが、仏陀(ブッダ)に願い出て、釈迦族の王族とともに出家が許されました。

その中には、後に多聞第一の尊者となる阿難や天眼第一の尊者となる阿那律、そして教団にとっては反逆者となる提婆達多(だいばだった)もいました。

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十大弟子について-迦旃延尊者(マハーカッチャーナ)

迦旃延尊者(マハーカッチャーナ)

論義第一の迦旃延(かせんねん)

対論や哲学的論議を多くされていることから「論議第一」と称せられました。

尊者の出自には婆羅門家の出であり、西インドのアヴァンティー国出身とか、南インド地方出身とかの説など諸説異論があって、はっきりしないところがあります。

たいへん聡明な少年であったようです。

また、兄も博学であったようで、大勢の人たちを前にして、バラモン教の根本聖典である『ヴェーダ』を講義したりしていました。

迦旃延少年は、その講義を一度聞いただけで文言は言うに及ばず、内容まですっかり理解できたということです。

これでは兄のプライドが許しません。
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