仏陀の教え(7)梵天勧請[ぼんてんかんじょう]の物語

甘露の法雨が地上に降り続ける

仏陀仏陀(ブッダ)(釈迦)(釈尊)は自分の悟ったダンマは深甚微妙(あまりにも深く、微妙であり人々の推論の域を越えている)であり、人々には理解されないであろうと考え、それを人々に説くことは出来ないとそのまま涅槃に入ってしまおうと考えていました。

(涅槃)〈ねはん〉[ニルヴァーナ] とは、「(火が)消える」の意味から派生した言葉で、煩悩の火が消え、悟りの境地に達したことをいいます。
また、輪廻からの解放、すなわち解脱を意味します。

そのときの仏陀がそのまま一言も説くことなく、説法をあきらめて涅槃に入ってしまえば、仏陀一人の悟りであり、人々には伝わる事がなかったのです。

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仏陀の教え(6)初転法輪

最初の説法を初転法輪

 仏陀(ブッダ)はブッダガヤーで一人坐禅をして、悟りを開きます。

これを誰かに伝えたいと思ったけれども誰もいません。

あれこれ考えた末に、先の五人の友達に最初の説法をしようと決めるんです。

5人とは
* 嬌陳如(きょうじんにょ)
* 跋提(ばつだい)
* 婆沙波(ばしゃば)
* 摩訶那摩(まかなま)
* 阿説示(あせつじ)

彼らがどこにいるのかを尋ね歩くと、鹿野苑にいるということがわかりました。

ブッダガヤーから鹿野苑までは、およそ二百キロの路を十日間かけて歩いていきます。

説法の出発点にある

「話しても伝わらない。」

という思い釈尊は鹿野苑に着いて五人の友達に会いますが、五人は「苦行を捨てた堕落をした奴から話しかけられても黙殺しよう」と話し合っていました。

しかし経典によると、大悟した仏陀(ブッダ)の徳が彼らの心を和らげ、いつの間にか釈尊の話す悟りの内容に耳を傾けて、ついに釈尊を師と仰ぐようになったとあります。

この最初の説法を初転法輪といいます。

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仏陀の教え(5)真実によれた

難行苦行では解脱を得ることができない

休験したからこそ無駄が無駄だとわかってくるこういう流れがあるためか、一般に、苦行は役に立たないといわれます。

 

苦行が空しいものだと知るためには、苦行をしなくてはいけなかったのではないかと。

苦行を体験して、「あぁ、これではどうしてもだめだ」と思ったというのがすごく大きなことです。

 

苦行という道を行ってだめだとわかったというのは、実践して真実を掴んだというのと同じです。

 

体得したものでなければ人を導いたりできません。

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仏陀の教え(4)苦行時代

誰も悟りとか真実の思想に到達した者はいない

それで釈尊は出家して、最初六年間、さまざまな難行苦行を行いました。

ブッダ白身、苦行時代の初期に断息の修行を徹底的に行って、それは『アーナーパーナサティ・スートラ』、つまり『大安般守意経』としてまとめられています。

また、ブッダは断息以外にも、断食をしたり、茨の中を転げまわったり、腐敗していく死体とともに寝たりと、毎日そんなことばかりやっていました。

それを六年間も続けました。

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仏陀の教え(3)四門出遊

「四門出遊」、後世に生まれた説話

釈尊の出家の動機としてよく語られる「四門出遊」という説話があります。

釈迦族の王子として育ち、何不自由のない暮らしをしていた若者がなぜ出家したのでしょうか。

 

釈尊が物思いに耽って、いまでいう鬱(うつ)の状態になっているのを案じた父が、彼を城外に出して散策させます。

 

彼がカピラ城の東門から外に出たら、杖をついて若しそうにしている老人と出会います。

 

釈尊は従者に間きます。

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