仏教のことば:「印(いん)」

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印(いん)

印はインド語で「ムドラー」といい、標章を意味する言葉です。

仏教の教えの旗印、スローガンを「法印」といいます。
諸行無常、諸法無我、涅槃寂静の三教説を三法印。
これに一切皆苦を加えて四法印といいます。

仏像を拝むと、左右の手や指で、種々の形をつくっているのに気がつきます。
中には、持ち物がある像も見受けられます。
仏や菩薩がその悟りや誓願の内容を具体的に表したもので「印相」といいます。
手や指で表すのを「手印」といい、密教では特に重んじているようです。
「印を結ぶ」という言葉もあります。

印相とは

釈迦像には「五印」と呼ばれる代表的な印相があり、それぞれ次のように説明されています。

説法印(転法輪印)・・釈尊が最初の説法をしたときの印
施無畏印・・・・・・・人々のを安心させるときの印
与願印・・・・・・・・人々の願いを聞き入れ、望むものを与えようとするときの印
定印・・・・・・・・・悟りを開いたときの釈尊の印
触地印(降魔印)・・・悟りを開いた釈尊が、悪魔を退けたときの印

この中でも最初の説法をしたときの説法印は釈迦如来の代表的な印となっており、このように釈尊像の手の形はその生涯のハイライトシーンを彩るものであり、釈尊がいかに偉大な尊者であったかを示すための象徴的記号となっています。

インドでは、古来よりムドラーと呼ばれる様々なて指の形によって物事をあらわす古典舞踊の伝統がありました。

この起源はヴェーダ時代にまで遡ると言われていますが、元来はバラモンが最死儀礼の中で用いたものに由来するとされています。

本来仏教は、バラモンの否定から始まったわけですが、しかし6-7世紀にかけて勃興する汎インド的な宗教運動=タントリズムによって、仏教の経典の中に、諸仏・諸尊が描かれ、その中でムドラーも侵入してきたのです。

このタントリズムによって、仏教は多様な神仏と民俗信仰を併せ呑むかたちで、曼荼羅世界にそれが収斂していくことになります。その結果としてより秘教性が高まり、象徴主義的な教義が発展していきました。

いくつか有名な印相

「施無畏印(せむいいん)」と「与願印(よがんいん)」

奈良の大仏さまはこの印相を結んでおられます。

「施無畏印」は相手の畏れをなくすサインで、「与願印」は相手の願いを聞き届けようという姿勢を表しています。この2つはセットで用いられることが多く、釈迦如来像に多く見られる印相です。

「定印(じょういん)」

大日如来や釈迦如来坐像に多く見られる姿勢で、「禅定印」とも呼ばれることもあるように、深い瞑想に入られている姿を表しています。阿弥陀如来の「定印」は、人差し指を親指につけて輪を作るようにしてあることもあります。鎌倉大仏はその印相を結んでおられます。

「智拳印(ちけんいん)」

これは大日如来独特の印相で、最高の智慧を表したハンドサインだと言われています。右手が左手の指を包むような形は、インドで清浄の手とされる右手が仏を表し、不浄の手とされる左手が衆生を表し、仏の智慧が衆生を包み込むことを表すのだそうです。

「説法印(せっぽういん)」・「転法輪印(てんぽうりんいん)」

名前の通り、お釈迦様が説法をされている際のジェスチャーを交えながらお話になり、そのお姿を形に表したものと言われています。他にも両手を胸の前まで挙げ、親指と中指などで輪を作る形などのバリエーションがあり、そのほとんどが釈迦如来像に見られる印相です。

「触地印(そくちいん)」

地面に指先で触れるような形からこう呼ばれます。お釈迦さまがさとりを開かれる際、悪魔の妨害を受けましたが、この触地印によって悪魔を降伏、退散させたことから「降魔印(ごうまいん)」とも呼ばれます。

「来迎印(らいごういん)/摂取不捨印(せっしゅふしゃいん)」

これは阿弥陀如来特有の印相とされ、臨終の際、阿弥陀仏が西方極楽浄土より迎えに来るときのポーズとされています。「施無畏印・与願印」と似ていますが、指で輪を作るのがポイントです。

釈迦如来像と阿弥陀如来像はよく似ています。

今度お寺に行かれてご本尊にお参りする際には、仏さまの手の形に注目して、そのお姿がなにを表しておられるのか感じていただけたらと思います。