仏教のことば:「得度(とくど)」

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得度(とくど)

剃髪して僧侶になることです。

仏教における僧侶となるための出家の儀式。
本来、僧侶になるには、仏教教団の10名の先輩構成員(三師七証)の承認があり、戒律を護る事を誓えば誰にでもなれるものであったが、中国や日本に於いては、労働、納税、兵役を免除されていたため、僧侶になる者が続出し、国家の財政を脅かす事態となった。
Wikipediaより引用

剃髪出家すること。
度はサンスクリット語の(波羅蜜) の訳で,本来は悟りの世界に渡ることを意味した。
中国,日本では得度して僧となるには官許を必要とし,勝手に得度したものを自度,私度といった。
江戸時代以後,得度は諸宗の権限にまかされた。
出典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

僧侶になるための最初の儀式を「得度式(とくどしき)」といいます。

「度」というのは「渡る」ということを意味しています。
つまり得度とは「渡るを得る」ということになります。
仏の教えに出会って彼岸(悟りの世界)に渡る機会を得られたという意味になります。
そこで、悟りを求めて仏道の修行に入ることを「得度」といい、その儀式を「得度式」といいます。

得度式では、まず始めに、出家して僧侶となる決意を問われます。
次に、修行とはどういうことかを教わり、一旦道場を出て、社会や父母に別れの挨拶をし、出家の覚悟(決意)をいたします。

道場の中に戻ると、髪の毛を剃る「剃髪(ていはつ)」の儀式が行われ、仏弟子としての名前(法名)と袈裟を授かります。
そして、戒律を授かることで、修行者としての生活のあり方を教わります。
こうして、いよいよ修行が始まるのです。

「得度」を受ける方を「発心の人」と呼びます。
これは、「仏道への志」を発した人の呼称であり、念願叶って得度される方の気持ちを汲んだ表現です。
「得度式」とは、師匠(受業師・じゅごうし)によって、髪を剃り落としていただき、衣(ころも)、袈裟(けさ)、坐具、応量器(食器、鉢盂・ほう)などの、僧侶が僧侶として生きていくために必要な最低限のものをいただきます。
そして、更にお釈迦さま以来、歴代の祖師たちがひとえに伝えてきた「戒法」と「血脈」とを受けて、正式に僧侶の仲間入りをするのです。

年分度者と言う人数制限がありました。
律令制の時代のことです。
当時僧侶になることは国家公務員になることに等しかったので、得度に政府の許可が必要でした。

また当時の得度は試験のような性格もあり、戒律を学んでから得度という試験を受け、合格すれば僧侶になれる、と言った具合です。

はじめは年に数人程度でしたが、一度に100人から1,000人もの大量得度が行なわれた時代があり、僧侶の資質が低下したこともあります。
武家政治の時代になると公務員的性格は薄れ、得度は政府の管理から各宗の本山に一任されるようになります。

また律令制の頃は、得度は前記のような公的なものと、私立出身のような私度僧に分けられます。

最澄と空海はその例です。
最澄は公的な得度僧なので国費で中国に渡りました。
空海は私度僧なので私費で中国に渡りました。
国費留学は期間が一年と定められていたのて、最澄は一年で帰ってきましたが、空海は自由な立場だったので約3年間滞在してきました。

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