仏教のことば:「厨子(ずし)」

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厨子(ずし)

左右開きの扉がついた仏像を安置する箱。

厨子とは、仏像、仏画などを安置するもので、一般的には正面に両開きの扉があり、屋根と台座のある戸棚のような形をした仏具です。

現代では仏具として知られる厨子ですが、そもそものルーツは「食物棚」でした。
中国が発祥とも言われており、厨房において食物を置く棚を、あるいは書籍を入れる棚を指していたのです。

そのため、室内装飾を兼ねたインテリアの一つとして広まっていったという経緯があります。

厨子は貴族社会でも用いられ、当初はやはりインテリアとしての趣きが強かったのですが、やがて仏教伝来とともに仏像などの礼拝対象を納めて、屋内に安置するものに形を変えていきます。

厨子は屋根の形によって、丸厨子、平厨子、帽額厨子などの種類があります。

厨子は仏像を収める祠(ほこら)の役割を果たします。
一般的に家庭でみられる仏壇は厨子型仏壇ともいわれ、堂宇と仏壇をあわせた古代寺院を小さくして、自宅に安置した形になります。

厨子(ずし)は、御本尊様やご位牌を安置する仏具です。
飛鳥時代の工芸品「玉虫厨子(たまむしのずし)」まで遡ることができるほど、古くから用いられてきました。
私たちにとってはより馴染みが深い仏壇のルーツになったものとされています。

現存する最古の厨子は飛鳥時代まで遡ることができます。
法隆寺に伝わる「玉虫厨子」というものです。
その名は、七色に輝く玉虫の羽が使用されたことに由来します。
黒漆に透かし彫りの金具や蒔絵が施された姿は美しく、長きに渡って人々を魅了し続けてきました。
現在は国宝にも指定されています。

「玉虫厨子」は、当時の高度な職人技を結集して作られた名品です。
大切な仏像を安置する場所に美しい装飾を施すという意味では、現代の仏壇と共通する部分も伺えます。

歴史的に厨子の種類として有名なのが法隆寺の玉虫厨子です。
飛鳥時代の厨子で、宮殿の形をしています。
金具の下に玉虫の羽が伏せてあることからこの名前がついたそうです。
三尊仏像が納められていましたが、盗難にあい金銅観音像が納められているそうです。

「厨子」という言葉には元々、広義で「食物や書籍を入れておく戸棚」という意味があります。
かつては台所や部屋で日常的に使用されていた厨子が、次第に非日常的な仏具として使用されるようになりました。

子が果たす役割としては、まず仏像などの大切なものを保護する目的が挙げられます。
ホコリや汚れのほか、直射日光などの外的刺激から守り、保存状態をよくするために役立っています。

仏像や位牌を祀る厨子が置かれることにより、その場所は、日常生活の中で御本尊様やご先祖様とつながれる神聖な空間となります。
仏壇と同様、厨子に美しい装飾が施されることを通じて、祈りを捧げる非日常的な存在であることが表現されていると考えられます。

厨子と仏壇には、明確な違いが定められているわけではありません。
基本的には仏壇も厨子の一つと考えられています。
一般家庭に普及している仏壇は、別名「厨子型仏壇」とも呼ばれています。

「厨子甕」は沖縄県を中心とした南西諸島に多くみられる蔵骨器のことを表します。
沖縄県では風葬の習慣があり、それが発展し、風葬後に遺体の骨を洗って蔵骨器に納める風習になったそうです。
その際に使用されていたのが「厨子甕」です。
火葬用の骨壺と比べるとかなり大きい甕です。
火葬が普及したため、現在は小型のものもあるそうです。

「厨子棚」は武家の調度の一つで、三段からなる棚の中・下段に厨子と同様の両開きの扉をつけたものを表します。
化粧道具や書道用具などをしまうのに使われたそうです。
江戸時代には大名家の嫁入り道具の一つとされていたそうです。

厨子の中でも特に、お寺の本堂や浄土をかたどった形式のものが仏壇というふうに考えると、理解しやすいかもしれません。

奈良時代以前、厨子が仏教で使用される前までは、礼拝対象を納める部分を「宮殿(くうでん)」と呼んでいました。
先にご紹介した玉虫厨子についても「宮殿型厨子」というカテゴリで分ける考え方もあり、はっきりと線引きはされていなかったことが見て取れます。

御本尊の荘厳を考える中で、より大事に保管し、仏教世界を表現できる方法を考える中で、宮殿という概念が発展してきました。
浄土真宗の金仏壇にはその傾向が未だ残っていますが、お仏壇の上段には屋根がシンボルとして設けられており、その下に御本尊や位牌などを安置する形になっています。

中には丁寧に扉が作られているものもあり、そこに親鸞聖人が安置されることを想定しています。

厨子と考え方が似ている造りに「御堂(みどう)造り」というものがあり、こちらは宮殿自体を取り外し、御本尊ごと持ち運べる造りになっているのが特徴です。

お寺にとって御本尊は重要な意味を持っており、有事の際もいかにして大切に持ち運べるかが考え抜かれていたのです。