十大弟子について-迦旃延尊者(マハーカッチャーナ)

迦旃延尊者(マハーカッチャーナ)

論義第一の迦旃延(かせんねん)

対論や哲学的論議を多くされていることから「論議第一」と称せられました。

尊者の出自には婆羅門家の出であり、西インドのアヴァンティー国出身とか、南インド地方出身とかの説など諸説異論があって、はっきりしないところがあります。

たいへん聡明な少年であったようです。

また、兄も博学であったようで、大勢の人たちを前にして、バラモン教の根本聖典である『ヴェーダ』を講義したりしていました。

迦旃延少年は、その講義を一度聞いただけで文言は言うに及ばず、内容まですっかり理解できたということです。

これでは兄のプライドが許しません。
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十大弟子について-富楼那尊者(プンナ)

説法第一の富楼那(ふるな)

十大弟子中では最古参。

説法第一の富楼那といわれます。

仏陀(ブッダ)が悟りを開いて初めての説法=初転法輪しょてんぼうりん後の第一の弟子です。

十大弟子の中では一番早く弟子となった人です。

弁舌さわやかで、解りやすいお説教をすることで有名です。
大勢いた弟子達の中でも、弁舌にすぐれていたとされています。
60種類の言語に通じていたといわれます。

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十大弟子について-須菩提尊者(スブーティ)

須菩提尊者(スブーティ)

解空第一の須菩提(しゅぼだい)

北インド、コーサラ国の首都サーバティ(舎衛城)のバラモン家系の大長者の家に生を受けられました。

叔父さんは仏陀(ブッダ)に「祇園精舎」を寄進した須達多(すだった)長者です。

幼少より天才的頭脳を発揮し神童といわれるほどでした。
十歳をこえる頃には諸学を修め学ぶものが無くなったとのこと。
しかしその慢心からやがて他人を見下すようになり、世の中さえも蔑視するようになってしまったのです。

甚だしい虚無主義と、その性行からついに両親からも見放され、突然家を出てしまったのです。
数年間の放浪の末、幸いにも祇園精舎に至りました。

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十大弟子について-阿那律尊者(アヌルッダ)

阿那律尊者(アヌルッダ)

天眼第一の阿那律(あなりつ)

アヌルッダは仏陀(ブッダ)と同じく釈迦族の出身で、仏陀(ブッダ)の従弟だといわれています。

仏陀(ブッダ)が祇園精舎で説法をされている最中、アヌルッダは不覚にも居眠りをしてしまいました。

仏陀(ブッダ)に「あなたは道を求めて出家したのではありませんか。

それなのに説法中居眠りをするとは出家の決意はどうなったのか」と叱責された彼は、それ以後は不眠・不臥の修行をしたといいます。

それがもとでついには失明してしまいます。

仏陀(ブッダ)は眠ることをすすめるのですが、かたくなに固辞します。

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十大弟子について-摩訶迦葉尊者(マハーカッサパ)

摩訶迦葉尊者(マハーカッサパ)

頭陀第一の摩訶迦葉(まかかしょう)

頭陀行というのは、衣食住に村する執着を払いのけるために実践しなければならない行のことです。

ボロで作った衣を者なければならない【著幣衲衣(じゃくへいのう)】という行では、彼は釈迦からもらった糞掃衣(ふんぞうえ)をまとって生活をしました。

あるいは、常に托鉢して歩き【常行乞食(じょうぎょうこつじき)】、布施されたものを一日一食たけ摂って生活する【受一食法じゅいつじきほう】という行も、その通りに実践しました。

「頭陀(ずだ)第一」とは「はげみ第一」ということです。

三衣一鉢というのが出家者にとっての全財産です。

その粗衣粗食に耐え修行を徹底される姿に仏陀(ブッダ)は「頭陀」の模範だと称えました。

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