仏陀真理のことば:第三章心(1)

第3章は「心とは一体何」というテーマでまとめています。

いろいろの言われ方をしていますが、はっきりと定義することはなかなか難しいことです。

自我とは何かに通じます。
その自我をみるには勉強と修練、すなわち修行が必要だとされています。

犬猫に心はあるでしょうか。
自我はあるでしょうか。

仏教の教えでは、心は空であり、心があるとは言えないといっています。
しかし同時に、心はないのではないとも言っているのではないでしょうか。

そのような心を定義づけようとしても、所詮言葉の遊びにしかすぎないのかも知れず、定義そのものが困難なのだと思います。

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仏陀真理のことば:第十四章ブッダ(1)

第14章は七仏通誡偈を元に清く正しい心で、自分が善であると思ったことをなしなさいというテーマです。

諸悪莫作  (しょあくまくさ)

衆善奉行  (しゅぜんぶぎょう)

自浄其意  (じじょうごい)

是諸仏教  (ぜしょぶつきょう)

大乗仏教ではいろいろの「仏」がいて分りにくいと思いますが、仏陀すなわち釈尊はもちろん仏です。
そのほかにも数え切れないほど「仏」がいます。

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仏陀真理のことば:第二章はげみ(2)

第二章はげみ(2)

21
つとめ励むのは不死の境地である。
怠りなまけるのは死の境涯である。
つとめ励む人々は死ぬことが無い。
怠りなまける人々は、死者のごとくである。

22
このことをはっきりと知って、つとめはげみを能く知る人々は、つとめはげみを喜び、聖者たちの境地をたのしむ。
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仏陀真理のことば:第二章はげみ(1)

第二章はげみ(1)

第2章は、不死とか死の意味についてまとめています。

死と言うのは生物としての生命の収束を意味するものではありません。
生きがいを持たず、惰性で生きているような生活は生きていることの価値はないことを死と表現しているのであり、不死というのは、充実感あふれる生活を送っていることを意味するのです。

努力して務め励むということももう少し意味があるようです。
単に我武者羅な努力、例えば毎日の深夜残業のようなこととは多少違うようです。
もちろんそういう努力も包含されますが、もっと広い意味で捉えなくてはなりません。
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仏陀真理のことば:第一章ひと組みずつ(2)

第一章ひと組みずつ(2)


ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。
もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。
──車をひく(牛)の足跡に車輪がついて行くように。

□ちょっとわかりやすく
すべてのことは、心から始まり、結果が作り出される。
だから、正しい心を持って行動しなければ、良い結果はうまれない。

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