仏教のことば:「曼荼羅(まんだら)」

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曼荼羅(まんだら)

曼陀羅とも書く。原語の意味は、ものの本質・中心のことです。

多数の尊像の集合によって宗教的世界観を表現する図像。

神聖な壇に仏・菩薩を配置した図で、宇宙の真理を表したもの。

本質・精髄の意で、転じて輪円具足の意味ともなります。

金剛界・胎蔵法の二種があり、智・悲を表す。

曼荼羅まんだらはサンスクリット語の音写で、原語の意味は、凝縮したもの、本質を備えたもの、完全にまとまったもの、などとなります。
これから転じて仏さまや神様などが一定の法則と意味を持って集まったものを曼荼羅と呼びます。
仏さまの悟りの境地をビジュアル化したものです。

曼荼羅の原型は、インドのバラモン教やヒンドゥー教の宗教儀礼にあります。
幾何学模様や、神の姿を描いていました。
あらゆる神々を招いて供養するとともに、祈願することを行っていました。
その儀礼が、仏教にも取り入れられるようになってきたというわけです。

曼荼羅とは、宇宙を示したものと言われるように、多くの要素を持った集合体です。
ここには、空間・領域・場を表しています。
そこには、つながりを持った世界観が示されているのです。

日本では掛け軸の形で絵になっていますが、インドでは行事の度に土で壇を作り、そこへ白土を塗り砂や絵の具で曼荼羅を描きます。
行事が終わると解体してもとの土に返します。

曼荼羅の原型には、宇宙感が示されているのですが、日本においては、仏教の世界観が表されているのが特長です。
日本での曼荼羅は、主に密教曼荼羅を指しています。

密教の曼荼羅の構成は、幾何学的になっています。
すべての像は正面向きになって表されているのですが、これには法則や意味があるのです。

中心に配置されているものは、最も大きく描かれ、中央から外に向かっていくにつれて、配置されている仏像は小さくなっていきます。

曼荼羅にはいろいろありますが、代表的なものは金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅です。
この二つは対になっていて、両界曼荼羅または両部曼荼羅と呼ばれています。
本尊に向かって左側に置かれるのが金剛界、右側に置かれるのが胎蔵界です。
理論的には、左右という表現より東向き、西向きというべきですが、お堂の向きは必ずしも南向きとは限りません。

金剛界は正式には金剛界大曼荼羅、胎蔵界は大悲胎蔵生曼荼羅だいひたいぞうしょうといいます。
金剛界は堅固な永遠の覚りの智慧、胎蔵界は仏の慈悲という母親から生まれた曼荼羅となります。

空海がもたらした「金剛界曼荼羅」と「胎蔵曼荼羅」があります。
この二つを合わせて、両界曼荼羅と言われています。
また、密教とは違う側面の仏教の根本思想を表した「六道曼荼羅」というものもあります。

曼荼羅には、ブッダのあらゆる教えのエッセンスが、絵で示されています。
この中で仏教の根本的思想であり四つの教えがあります。

・現実は苦しみに満ちている
・苦しみの根源とは執着や欲にある
・苦しみを終わらせることは可能である
・心を解放するためには道がある

これらは、人間が誰もが経験する苦しみの根源を解いています。
そして、私たちが、人生で経験することは、現世であれ前世であれ、自分の行為の生み出したものであるとされています。

円や中心あるものを囲むという構図の中に、悟りと知恵の世界が繰り広げられています。

この、円や囲むという構図は、仏教のみでなく、あらゆる宗教観と共通しているものがあります。
それは、私たちの心を癒し慰めるということでしょう。

私たちは、宇宙という、地球という、マンダラに生きているのです。