仏教のことば:「陀羅尼(だらに)」

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陀羅尼(だらに)

仏の教えの精要で、神秘的な力を持っていると信じられる呪文。
総持とか能持と漢訳され、本来は、すべてのことや教えをよく記憶して忘れない力、の意味です。


陀羅尼(だらに)とは、サンスクリット語のダーラニーの音訳で、サンスクリット語の呪文(マントラ)の長いもの、または、陀羅尼を読誦することで得られる効果をいう。

仏教経典、いわゆる「お経」には、様々な種類のものがある。
それらの多くは仏の教えを文字で記したものであって、いわば仏教を学ぶための教科書のような書物となっています。
漢字の羅列や難解な言葉、古い語体などによって呪文のように聞こえることもあるが、内容に目を向ければ学ぶべき教えがきちんと説かれています。

中には、意味内容よりもお経そのものを唱えることのほうが重視されるような、一風変わった呪文のようなお経です。
それが陀羅尼(ダラニ)と呼ばれる経典類です。

陀羅尼とは、サンスクリット語の「ダーラニー」という言葉を音訳したもの。
つまり「ダ」と「ラ」と「ニ」の発音をする漢字を当てはめた結果が「陀羅尼」であり、したがって漢字には何の意味もない。

陀羅尼とは暗記した語句を繰り返し繰り返し唱えることで、雑念から離れることを目的としたお経ですね。

陀羅尼は翻訳(漢訳等)をせずそのまま読誦します。

ナーマクサーマンダーバ サラナンセンダ マーカロシャーナ ソワタヤウンタラタ カンマン

意味は「あまねく一切の金剛、特に大忿怒の相を現して堅固の徳を備える不動明王に帰依し奉る」となります。

お経にはこの慈救呪のように、翻訳しないで漢字音写した真言がかなりあります。

これらを陀羅尼といいます。

陀羅尼のお経になると音訳した漢字の意味は本来もっている意味ではないので漢字を追ってもそのお経の意味は検討がつけれません。

そのため陀羅尼は結構呪文のように聞こえます。

陀羅尼を誦することで、仏の説いた教えをすべて記憶して忘れず(=総持・能持)、雑念・妄想をさえぎることができる(=能遮。能く遮る。遮ることができるという意味)とされる。

陀羅尼とは、本来、すべて(=「総」)のことを「記憶して忘れない」(=「持」。保持する、という意味)ことができる(=「能」。~できる、という意味)という意味で、一種の記憶術であり、また、これを繰り返しとなえることで雑念・妄想をはらって禅定に入ることができる、と考えられたからです。

陀羅尼も音写で、善をよく保つ力、お釈迦さまの教えを記憶して保つ力、と訳します。
陀羅尼は密教では、いろいろな仏さまに対して唱える真実の言葉として大切なものです。また言葉そのものが諸仏のご利益で、不思議な力を持つと考えます。

般若心経の「ギャテイ ギャテイ …」から始まる有名な最後の部分は陀羅尼ですね。