仏教のことば:「西方(さいほう)」

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西方(さいほう)

浄土の方処を西方と指示し、具体的な阿弥陀仏や浄土の荘厳相を立ててあらわすこと。

仏の在す世界は清浄なさとりの世界であるから本来は無方無相です。

それでは一般には、さとりの界である浄土を理解する手掛かりが全く無いので、釈尊は具体的に方(ほうこう)と処(ところ)を指し示し、浄土の荘厳の相(すがた)を立(弁立)てて、西方に浄土として説かれたのです。

西方浄土

西の方、10万億土のかなたにあるという阿弥陀仏の極楽浄土。

仏教においての極楽の世界のことです。

大乗仏教になって多くの仏菩薩が考えだされるようになったとき,それぞれの仏菩薩がそれぞれの浄土をもつという思想が現れた。そのなかでも阿弥陀仏の西方極楽浄土はあしゆく仏の東方妙喜国と並んで特異なものです。

《阿弥陀経》によると,阿弥陀の浄土は西方,十万億の仏土を過ぎたところにあり,苦はなく楽にみちているので極楽と名づけられる。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について

『阿弥陀経』には、阿弥陀仏の国である西方(さいほう)の極楽浄土のありさまと、ガンジス河の砂の数に値(あたい)するほどのたくさんの仏から賞賛される阿弥陀仏の徳について、そして極楽に生まれるための方法について説かれています。

日本には七世紀から八世紀の飛鳥・奈良時代に浄土思想が伝わり、阿弥陀仏の造像が盛んになりました。はじめ貴族のものであった浄土教は、平安時代には空也・源信などの布教によって次第に庶民の間に広まり、鎌倉時代には法然・親鷺によって現在につながる浄土宗・浄土真宗などの宗派が生まれました。

日本には七世紀から八世紀の飛鳥・奈良時代に浄土思想が伝わり、阿弥陀仏の造像が盛んになりました。はじめ貴族のものであった浄土教は、平安時代には空也・源信などの布教によって次第に庶民の間に広まり、鎌倉時代には法然・親鷺によって現在につながる浄土宗・浄土真宗などの宗派が生まれました。

仏教には釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来、大日如来などがいます。
それぞれに仏様に対する信仰がある中、阿弥陀如来を信仰するのが浄土信仰です。
阿弥陀如来は西のかなたにいる仏様です。昔から西方浄土というぐらいなので、西のかなたには極楽浄土があるとされています。

そこはとても素晴らしい場所で、我々が生きる現世とはくらべものにならない世界です。苦しい現世からあの世に行ったら極楽浄土に往生して永遠の命を得るというのが人々の夢であり憧れでした。

その切なる願いを叶えるために阿弥陀様を礼拝したのです。これが浄土信仰です。

無量寿経(大経)では、お釈迦さんの弟子の阿難(あなん)さんが「お釈迦さま、法蔵菩薩(阿弥陀如来さんが仏になる前の名前)さんは今はどこに居られるのでしょうか」と聞いたところ、お釈迦さんは「法蔵菩薩はすでに仏になって、西方浄土にいらっしゃいます」と答えています。

だから“西方”であることは間違いありません。

浄土教七高僧の一人である道綽(どうしゃく)禅師は「安楽集」でこう述べているそうです。

「私達の住んでいる世界(閻浮提:えんぶだい)では、日が昇るところを“生”と名づけ、日が没するところを“死”という。

命が終わるとき心を寄せていくのに(日の没する西方が)都合がいいのである。それ故に法蔵菩薩(弥陀仏の前身)は願って成仏され、西方から衆生を大悲で見守っておられる」のだと。

つまり人間界においては、人生の終焉が日が沈みゆく西方となったのでしょうね。

仏教では「極楽は西方十万憶仏国土をすぎたところ」とされており、これにより西を向いて拝むことは極楽浄土に向かってお参りすることになるとされています。
そのため、お墓参りをする人が西を向けるようにと、東向きのお墓がよいなど方角について様々な説があります。

西方極楽浄土は現在の世界での距離感や方向感覚とは異なり、輪廻とは無縁の世界であり、この

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世にもあの世にも存在しないとされています。