仏陀の教え(5)真実によれた

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難行苦行では解脱を得ることができない

休験したからこそ無駄が無駄だとわかってくるこういう流れがあるためか、一般に、苦行は役に立たないといわれます。

苦行が空しいものだと知るためには、苦行をしなくてはいけなかったのではないかと。

苦行を体験して、「あぁ、これではどうしてもだめだ」と思ったというのがすごく大きなことです。

苦行という道を行ってだめだとわかったというのは、実践して真実を掴んだというのと同じです。

体得したものでなければ人を導いたりできません。

その意味では苦行が無駄だったということはなかったのではないでしょうか。

六年の苦行を体験したからこそ、その反対の静かな瞑想の中で、苦行によって本能的に模索されていたものが冷静な論理の形となって浮かび上がってきたのだろうと思います。

苦行を捨てたからといって決して反対方向へ行ったわけではなく、苦行と、その後の悟りは連続しているものだと思います。

ブッダは直感的に悟り、頭で納得しただけじゃなくて、体感として「真実によれた」と感じたのでしょう。

釈尊は、得た悟りを頭の中で徹底的に理詰めで考えて整理していくわけです。

インドの人たちは非常に論理的です。

ブッダも、まさにインド人らしく、日本人では考えられないほど論理的かつ緻密な構図を組み立てていきました。

それがある程度頭の中で整理できたときに、彼は瞑想から覚めたのでしょう。

それから苦行をしていたころの五人の友に会いに行くわけです。

この五人の友は、釈尊が出家して苦行にいそしんでいたときに、父の浄飯王がガードマンとして密かにつけて出した者たちです。

その五人も釈尊から少し離れたところで一緒に難行苦行をしていました。

ところが、釈尊は六年間の苦行の結果、難行苦行では解脱を得ることができないと知って山を下りてしまいます。

それを見た五人は「ああ、もう彼を守る必要はない」と思ったでしょう。

さらに釈尊が、何で水浴して体の垢を落とし、村の娘スジャータがすすめる乳粥を飲むのを見ます。

当時のインドでは、男女間で言葉を交わすだけでもとんでもないことなんですが、そのうえ乳粥まで飲むのを見て、五人の友は呆れ、釈尊は苦行を放棄して堕落してしまったと失望して、もはやガードする必要はないと彼を見捨てて、そこから離れたベナレスにあった鹿野苑の苦行林に入って苦行を続けました。

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