仏陀の物語(14)五蘊(ごうん)について説く

五蘊(ごうん)について説く

人間を中心に五つの集まりからなっているという意。五つとは、色・受・想・行・識が互いに関連し囚われているという。

色=私たちの身体、それに関連するすべての環境をいう。ものともいう。

受=感受すること。つまり楽と感受し、苦と感受し、捨と感受する。これを三受といっている。

想=知覚すること。また知覚したものを表す働きでもあります。

行=為作すること。思うことであります。これには意識が加わってくる。

識=了別する、弁別する働き。つまり意識活動をいう。

色は自分の体を含めた、すべての外界環境をいい、受・想・行・識は、それらのものを受け入れる内部環境をいいます。

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仏陀の物語(12)悪魔とは何であるかを説く

悪魔とは何であるかを説く

仏陀(釈尊・釈迦)は弟子のラーダ(羅陀)に向かって、悪魔とは何であるかを説いています。

「魔とは、色・受・想・行・識、これなり」

「われわれの肉体は、われわれの求道の行を妨げ、かき乱し、不安におとし入れるものをもっています。

またわれわれの感覚もまた同じ作用をなすことがあります。

また感情も、意志も、判断も、すべて私たちを妨げ、乱し、不安となす作用を与えるのです。

悪魔とはこれでれです。

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仏陀の物語(11)煩悩の炎について説く

煩悩の炎について説く

ある時、仏陀(釈尊・釈迦)はガヤーシーサ(象頭山)に登りました。

すでに多くの弟子たちが従っていました。

それはマガダ国への遊行の途中の旅でした。

山の東北のふもとのガヤの町の東を、ナイランジャナーがゆるやかにうねり、水は鈍く光を反射させていました。

その河岸に、仏陀(釈尊・釈迦)の大悟された菩提樹があります。

仏陀(釈尊・釈迦)はこの山上に立って、多くの弟子たちに語りかけました。

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仏陀の物語(10)自己探究の教えについて説く

自己探究の教えについて説く

仏陀(釈尊・釈迦)が鹿野苑(ろくやおん)にいた時のことです。

すでに弟子の数も六十人に達していました。

まだ五人の比丘に最初の説法をしてから間のないことでした。

仏陀(釈尊・釈迦)は六十人の弟子を諸方に送り出して、新しいこの教えを流布させようと考えたのです。
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