仏陀の物語(10)自己探究の教えについて説く

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自己探究の教えについて説く

仏陀(釈尊・釈迦)が鹿野苑(ろくやおん)にいた時のことです。

すでに弟子の数も六十人に達していました。

まだ五人の比丘に最初の説法をしてから間のないことでした。

仏陀(釈尊・釈迦)は六十人の弟子を諸方に送り出して、新しいこの教えを流布させようと考えたのです。

「私はすでに人天の世界のあらゆる係蹄(わな)から自由となった。諸君もまた、そのようです。比丘たちよ、これから大いに伝道の遊行をはじめよう。

大衆の利益と、幸福のためです。

衆生を憐れみ、人天の利益と幸福と安楽のために遊行せよ。

ひとりひとり、一つの道を辿るのだ。

初めも、中も、終りもすべ善く、理路正しく法を説きなさい。

円満かつ、清浄な表現によって梵行を説くのです。

人々の中には汚れのすくない者もあるが、これらの人も法を聞かなかったならば堕落するのみです。

法を聞けば、覚る者(悟った者)(ブッダ)となるでしょう。

比丘だちよ、私は、ウルヴェーラのセナユガーマに行って法を説く。」

仏陀(釈尊・釈迦)はこのように伝道をすべく宣言したのでした。

この時、またも悪魔マーラは仏陀(釈尊・釈迦)に語りかけた。

「汝は、人天の世界で悪魔のわなにかかった。
そして、
悪魔の綱にしばられています。
沙門よ、汝は未だ自由になっては居らぬ。」

仏陀(釈尊・釈迦)も謁をもって答えました。

「私は、この人天の世界において、悪魔のわなを免れています。
悪魔の綱を解き放っています。
破壊者、マーラよ、汝はすでに敗れた。」

この伝道は人々に利益と幸福をもたらすものですが、伝道にふみ切るということにはまた不安が新しく覆いかぶさって来ることは仕方のないことなのです。

仏陀(釈尊・釈迦)は伝道の旅に出ました。

その道すがら、森の中の樹の根方でしばしの憩いをとっていると、数人の若者が慌ただしくやってきて。

「こっちへ女が逃げて来なかったでしょうか。」

と問いかけてきました。

彼らはこのあたりの良家の子弟であるが約三十人ばかり各々が妻といっしょに森に遊びに来たのです。

その中にただ一人、まだ結婚していない者がいて、彼はひとりの遊び女を妻のかわりに連れて来たのでした。

森の中でみんなが遊びにうつつをぬかしているうちに、隙をみてその女が彼らのもって来た金目のものをとって逃げたのでした。

彼らはその女を探すために、慌ただしく森の中を駈けめぐっていたのです。

その事情を聞いた仏陀(釈尊・釈迦)は彼らに言いました。

「若者だちよ。その逃げた女を探し求める前に、みなはもっと大切なことをなすべきではないか。

それは己自身を探し求めることの大事さをさきに考えるべきではないか。」

仏陀(釈尊・釈迦)は、若者たちをそこへ坐らせると、人生の正しい見方、生き方を説きはじめたのでした。

まだ人生の汚れにあまり染まらぬ若者たちは、その教えを素直に理解し、やがてみな出家して仏陀(釈尊・釈迦)の弟子となったのです。

仏教はつねに内観を重要視します。

自己探究の教えであるといいっていいと思います。

仏陀(釈尊・釈迦)の生きかたそのものが、それでした。