仏陀(ブッダ)の生涯(8)求道苦行(ぐどうくぎょう)(1)

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求道苦行(ぐどうくぎょう)

「生・老・病・死」の苦しみをどう克服するか、人間の生まれながらに担っている苦悩をどう克服するか、その思索のためにシッタルダは修行の道に入り、高徳な聖人のもとを訪れましたが、満足の行く答えは得られませんでした。

高徳の聖人たちがそこまで到達し得たのは厳しい苦行のためだったといわれていますので、ゴータマ・シッタルダは自分の修行が甘かったと気づきました。

自分も苦行し、思索し、自覚して、初めて真理が得られると考えました。
シッタルダは、ガンジス川の支流ナイランジャー川の上流の山林に分け入り、坐禅に明け暮れました。

彼が苦行を始めると、彼と共に苦行をするものが増え、5人の苦行者が彼と共に坐禅をするようになりました。

シッタルダは、人里へ托鉢(たくはつ)に行く事を止め、森の中の木の実や草や豆を採ってきて煮て食べ、餓えをしのぎました。

森の中には、虎や象などの猛獣も住んでいて、決して安全ではありませんでした。

ゴータマ・シッタルダは、苦行を続け、6年もの月日が流れました。

栄養失調で、歩行すら困難なくらいに痩せ衰えました。

しかし、長年の苦行をした結果、仏陀(ブッダ)はこの苦行によっては自分の求めているものは得られないと悟りました。

自分だけが安心立命する事を望んでいるわけではなく、人間苦の救済の道を求めているので、このまま餓えて死んでしまっては、つかみかけました真理が消滅してしまうと思い、シッタルダは、そう思って杖にすがって村に出かけて、食を求めて托鉢しました。

スジャータと言う少女が、痩せ衰えたシッタルダを見て、牛乳で煮た粥を作って、シッタルダに捧げました。

苦行林にいた5人の仲間は、そんなシッタルダを軽蔑しました。
餓えの苦しさに負けてしまったのだとシッタルダを批難して、ヴァーナラシー(現在のベナレス)へ去っていきました。

そこで仏陀(ブッダ)はその修行仲間たちに別れをつげて山を降り、ネーランジャー川(ナイランジャー川)に臨むガヤー(ウルヴェーラー)の地でアジャパーラー(※菩提樹)の下に座り、そこで静かに瞑想に入りました。

(※アジャパーラーの木は無花果樹で、古くからインド民衆から神々の住居として尊敬されています)。
シッタルダが修行した大樹のある所は、後年仏陀(ブッダ)ガヤーと呼ばれるようになりました。

雨季が終わって、強い陽射しを避けるため、シッタルダは涼しい風が吹き通る大樹の陰に坐禅し、瞑想していると、身も心も爽やかでした。

シッタルダは、自らに課した苦行の束縛から解放されたことを喜びました。

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