仏教のことば:「教相判釈(きょうそうはんじゃく)」

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教相判釈(きょうそうはんじゃく)

あけましておめでとうございます。今年も一日一生をよろしくお願いします。

年の初めは「教相判釈(きょうそうはんじゃく)」からです。

教判ともいいます。
中国仏教の特質。
多数の経論を整理し、あるひとつの経・論を根拠において他の経論との関係を明らかににすることです。
諸経典を分類、体系づけて立宗の要とした。

釈尊が悟りを開いてから涅槃に入るまでの間に説かれた多数の経典を形式・方法・順序・意味内容・教義内容等によって分類し、体系化し価値づけることをいう。教判、判教、教相、教摂ともいう。仏教経典は非常に数が多く、その内容や説き方も同一ではないが、釈尊によって説かれたものであるとするならば、そこには何らかの意図があったはずであるという考えのもと、教説の内容や説かれた順序についての体系化がなされた。

お経はお釈迦様が話された説法の記録です。インドでの編集は時系列で行われましたが、インドから中国へ伝わるときは、バラバラに翻訳され、輸入するタイミングもまちまちでした。

お経がたくさん翻訳されると、教えの表現も多様化し、どれがお釈迦様の本当の教えなのか、問題視されるようになりました。

訳し方にも問題はあったのかも知れませんが、教えが色々と異なるのは、教えを説いた時期や内容が異なるため、と考えられました。

そこで中国では、教えを説いた時期を分類し、どれが最高の教えであるかを考えました。

教えの相や時期によって、お経を判別し解釈する。これを教相判釈といいます。教判、教相、教時などと略されることもあります。教相は教えのすがた、実際に示されている教えのことです。顔に表れたものを人相、手に現れたものを手相、と表現するのと同じです。

教相判釈は、中国独自のお経を解釈する学問として発達します。

最初の教相判釈は、竺道生(じくどうしょう)という人によって4種に分けられました。

四種法輪と呼ばれるもので、
●在家信者向けの説法。
●修行者向けの説法。
●法華経。
●大般泥経だいはつないおんぎょう(涅槃経の前半)
の4種類です。 ※はフォントにないので代用です。土偏ではなくサンズイ偏です。

次に慧観(えかん)という人が、お釈迦様が悟りを開いてから亡くなるまでの期間、五種類の時期に分類しました。五時教と呼ばれています。

この二つが教相判釈のルーツとでも言うべきものです。

後に色々な教相判釈が登場します。隋の時代になって中国天台宗の智顗(ちぎ)という人によって、五時八教と呼ばれる教相判釈が完成します。

五時八教は中国の教相判釈の代表とされるものです。

教判自体は、智顗以前の時代から中国にはいろいろなものがあったようです。

しかし、智顗は、中国仏教界の帰趨を知らない混沌とした状況を指摘したので、この智顗の教判が、そのまま日本にもたらされました。

比叡山では智顗の教判がもっぱら中心的な科目に据えられていたと思われます。

智顗の師であった慧思は、心に悟るところがあり、仏のことばに従う態度を執りつづけましたが、智顗はこの慧思の説に従うことを広めました。