一日一生とは

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日々の暮らしの中で1日を1生と思って過ごすというのは中々できない

京都駅からJR湖西線で20分弱。
比叡山坂本駅から車で10分ほど走った山中に、天台宗比叡山飯室不動堂長寿院住職の酒井雄哉(ゆうさい)さんがいらっしゃいます。

比叡山には、山中や京都市内を、7年がかりで千日間、計約4万キロ歩く千日回峰行という荒行が伝えられる。

酒井大僧正は1987年の7月に2度目を満行して「大阿闍梨(だいあじゃり)」「生き仏」と呼ばれています。
千年を超す比叡山の歴史で、2度の千日回峰行をやり遂げたのは、記録上3人目といわれています。

どんなすごい人かと、その著「一日一生」を読んでみると、ごく普通の人というより落ちこぼれの人生を送りかけた人のようです。


あらすじです。

1926年(大正15年)大阪で生まれ、父の会社が倒産して5歳で東京に引っ越しました。

麻布中学を受験したが受験に失敗。

夜学の商業高校に入学。

しかし学業に身が入らず、教師の奨めもあり、1944年(昭和19年)予科練に入りました。
当時の文部省では軍隊に入れば卒業と見なされたそうです。

運良く特攻隊で命を亡くすことなく生還。
若い頃は、さまざまな職業を点々としたそうです。

株売買のブローカーを父親とやっていた頃、大金を稼いだこともあったが、1953年、ソ連の独裁者スターリンが死んで、「スターリン暴落」が起こる。

大損をして、借金取りに追われました。

いい歳だというので、親戚が気を使って、従妹(いとこ)の女性と結婚をさせました。
しかし、この女性が大阪の実家に帰ってしまいます。

東京から大阪まで追いかけていくと、少しして、奥さんは亡くなられました。

結婚して二ヶ月しての出来事でした。

せめて49日はいてくれと、義父(叔父でもある)にせがまれ、妻の実家の鉄工所を手伝うことになります。

居座っているうち、義母(叔母)が、気分を転換させようと比叡山に連れて行くことがあったようです。

それから比叡山に行くようになった。

そこで偶然、千日回峰行中の行者に出会う。
その行者は、千日回峰行でももっとも厳しいとされる「堂入り」の最中でした。
それは、9日間籠もっていた堂から出てくるところ。

堂入りというのは、9日間不眠・不臥・断食・断水で不動明王の真言を10万遍唱えるという常人の思考を遙かに越える過酷な修行です。

その行者宮本一乗阿闍梨の姿に触れた時、若き酒井師の心に強く響くものがあり、運命の出会いだったと思います。

時が経って、自分も出家し、千日回峰行を行う道に入っていくのです。

以上のようなことが、著書「一日一生」にありました。

仏陀に関する書籍を本屋さんで偶然見つけて感銘を受けこのブログの最初のタイトルにある「一日一生」となりました。

日々の暮らしの中で1日を1生と思って過ごすというのは中々できないことですが、仏陀の教えとともに自分なりに考えていければと思います。

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