仏教のことば:「冥加(みょうが)」

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冥加(みょうが)

神仏の恩恵。
神仏が人の機に応じて利益を与えることです。
冥応・冥益・冥感と同じ。
顕加の対。
仏や菩薩から知らず知らずのうちに受ける加護。


知らず知らずのうちに,神や仏あるいは菩薩などから加護をこうむることをいう。
仏は潜在的に,衆生の能力に応じて冥加を与えるとされ,その冥加に対する感謝の印として神社や仏閣へ奉納する金銭のことをもいう。出典 ブリタニカ国際大百科事典

冥加とは、仏の庇佑(ひゆう)を蒙ること。
庇(ひさし)とは、軒下の小さな屋根のことをいいます。
そこから「かばう」とか「おおいかくす」「おおいまもる」という意味があります。
佑は「たすける」という意味があります。
庇佑とは、目に見えない仏力のはたらきに、かばい、まもられ、たすけられているということです。

冥見とは、佛眼、われを照らす。
仏さまの眼差しに照らされた私の姿です。
その姿は、とてもお恥ずかしいとしか言いようのない、慚愧せずにはおれない姿であり、それを恥じいるばかりです。
そんな私が、今、衣食に不足することなく生活していることを、喜ばせていただかなくてはならないということです。

「茗荷(ミョウガ)」

もの覚えが悪く、もの忘れがひどいと言われた彼のお墓から生えてきたとされる植物だから
名を荷として背負って歩かなきゃダメなほど(食べると)物忘れしちゃう草、ということで「茗荷(ミョウガ)」という字を書くと聞きました

実際、周利槃特(シュリハンドク)さんは自分の名前も覚えられないほどで
名札(のぼり とも)を背につけて托鉢していたと伝えられています

お釈迦様は、この弟子に、「難しいことは覚えられぬだろうから、この言葉を覚えよ」と、ひとつの言葉をお与えになります

三業に悪を造らず 諸々の有情を傷めず
正念に空を観ずれば 無益の苦しみは免るべし
(身・口・意に悪いことをせず、生物を害さず、正しい思いに徹して執着せず過ごせば、苦しみから逃れられる、
みたいな意味)

自分の名前も覚えられない周利槃特(シュリハンドク)さんに、果たしてこれが暗記できたでしょうか。

やっぱり無理だったので、お釈迦様は、今度は一本の箒とともに「塵を払い、垢を除かん」という一言をお教えになりました。

「自分が愚かであることに気がついている人は、智慧のある人です。

自分の愚かさに気が付かないのが、本当に愚かな人です。」と説き、周利槃特に「チリを払おう、垢を除こう」と唱えながらほうきで掃除をするように指示しました。

それから周利槃特は、雨の日も雪の日も、暑くても寒くても、
一日も休むことなく「チリを払おう、垢を除こう」と唱えながら掃除を続けました。

そしてある日、「そうだ、チリや垢とは、私の執着のこころのことだったのだ」と気が付き、ついに悟りを得るに至ったのでした。

その後、周利槃特が亡くなったお墓の後に、珍しい植物が生えてきました。

周利槃特は首から名札をかけていたので、その植物には「茗荷(ミョウガ)=自分の名前を背負って歩く人」
という名前が付けられたということです。

仏道を歩むということは、決して多くを覚えることではなく、なすべきことを徹底することが大事なのです。
周利槃特は真剣に掃除をすることで、ついに悟りを開くことができたのです。

ただ漫然と掃除をするのではなく、一心不乱に、専念して掃除をすることで、集中力が高まり、
心が整い、創意工夫が生まれ、意味が出てくるのだということです。

結果や成果が出ないのに、ただ同じことを何十年も継続できるってすごいと思いますね。
はたして、自分にできるでしょうか。

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