仏陀の物語(17)涅槃寂静について説く

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涅槃寂静について説く

仏陀(釈尊・釈迦)が遊行の途中のこと、すでに老境に入っていたため暑さと長雨にたえかねて病みついたことがありましました。

心を大いに強くもって、この病いを克服したのでした。

高弟のアーナンダは教団の後継者についての指示が仏陀(釈尊・釈迦)のロから洩れることを期待していました。

仏陀(釈尊・釈迦)はその期待のあやまりであることを諭して言いました。

「私は、すでにあらゆる教えをみな説きつくしました。

その中には、弟子にかくして私だけがにぎりつくしてしまうような秘密は何もありません。

また私がこの教団の指導者であるとか、みなが私に頼っているとかは思ってもいません。

だから、私が教団の後継ぎを指名したりする必要はないのだ。

アーナッダよ、みなはただ自らを依りどころとして、法に依り、他を依りどころとしてはなりません。

我が亡き後も、よく自らを依りどころとして、法に帰依し、他に頼ることをしないものがこの教団の中での最高所に在る者です。」

なおも遊行を続けた仏陀(釈尊・釈迦)は、最後の力をふりしぼってクシナガラに向かうのです。

クシナガラに至って、沙羅の双樹のあいだに床を敷いてくれるようアーナンダに命じました。

周囲に集まる弟子たちになお、われに問いを発するものはいないかとたずねかけるのです。

弟子たちはただ黙していました。

やがでアーナンダが言いました。

「私たちの仲間には、教法についても、僧伽についても、或いは実践についてもすこしの疑問ももつものは居ないと信じます。」

仏陀(釈尊・釈迦)は静かにうなずいて最後の言葉を残されるのでした。

「この世のことはすべてうつろうものです。
みな、放逸なることなく、精進するように。
これが私の最後のことばです。」

そしてじっと眼を閉じられました。

それはまさに寂滅でした。

そして涅槃と称するにふさわしいものでした。

クシナガラへはインドの首都ニューデリーから寝台列車で14時間かけてゴラクプールという駅に到着すると、そこから東へ55kmの道程をローカルバスで揺られること1時間半かかります。
また、カシアーという町の3km手前に位置しています。

これで、「仏陀の物語」は終わりです。

次回から「仏陀最後の旅」です。

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