仏陀の物語(12)悪魔とは何であるかを説く

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悪魔とは何であるかを説く

仏陀(釈尊・釈迦)は弟子のラーダ(羅陀)に向かって、悪魔とは何であるかを説いています。

「魔とは、色・受・想・行・識、これなり」

「われわれの肉体は、われわれの求道の行を妨げ、かき乱し、不安におとし入れるものをもっています。

またわれわれの感覚もまた同じ作用をなすことがあります。

また感情も、意志も、判断も、すべて私たちを妨げ、乱し、不安となす作用を与えるのです。

悪魔とはこれでれです。

それをじっと見ることが出来れば、それこそが正観なのです。

すなわち正しく己を見るということです。

そして正観すれば厭離(おんり・えんり:けがれた現世を嫌い離れること。)の想いが生れ、厭離することによってはげしい欲望のいとなみから離れられるでしょう。

それは解脱への道です。

そして涅槃に到るのです。」

涅槃とは、激しい欲望によって乱されることのない境地であり、そこにこそ自由と平和があるのだと説くのです。

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涅槃とは

「涅槃(ねはん)」とは、
もともとインドの言葉の「ニルヴァーナ」に
そのまま中国語の漢字をあてたもので、
意味から翻訳した言葉では「滅度(めつど)」ともいわれます。
意味は「吹き消すこと」です。

欲や怒りやねたみそねみなど、一切の煩悩の火を吹き消した
最高のさとりの境地のことを
「涅槃」とか「ニルヴァーナ」、「滅度」と言い、
仏教究極の目的です。

「涅槃」には2つあります。

「有余涅槃(うよねはん)」と
「無余涅槃(むよねはん)」の2つです。

「余」とは、残余のことで、肉体のことです。
仏陀は、35歳で仏のさとりを開かれましたが、そのときは肉体がありますので、食べ物も必要ですし、病気にもなりますから、肉体の束縛を受けます。
まだ完全とは言えず「有余涅槃」といいます。

仏のさとりを開かれたお釈迦さまが、80歳でお亡くなりになりますと、肉体はなくなって、「無余涅槃」となります。これが完全な涅槃といいます。

 

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