仏陀真理のことば:第十三章世の中

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第13章は死に臨むことについてのテーマです。

全ては空であると知るならば、死というのも空であると知るであろう。
と説いているわけです。

直接「空」という言葉は持ち出さず、泡とか蜃気楼とか陽炎(かげろう)と語っていますが、意味は同じだと思います。

法句経には、野馬とされていますが、野馬というのは陽炎(かげろう)のことです。


いろいろのものはそこに無いわけではなく、確かにあるからこそ認識もされるのですが、それは絶対的な存在ではなく、絶えず変化しているものだという方が空の考え方に近いと思います。

この世の中を陽炎のようであると思い得るようになった人、つまり賢者は死ということも陽炎のような空のものであることを悟り、死に臨んでも苦悩することは無いと説かれているのだと思います。

167
下劣なしかたになじむな。
怠けてふわふわと暮らすな。
邪な見解をいだくな。
世俗のわずらいをふやすな。

168
奮起てよ。
怠けてはならぬ。
善い行いのことわりを実行せよ。
ことわりに従って行なう人は、この世でも、あの世でも、安楽に臥す。

169
善い行ないのことわりを実行せよ。
悪い行ないのことわりを実行するな。
ことわりに従って行なう人は、この世でも、あの世でも、安楽に臥す。

170
世の中は泡沫のごとしと見よ。
世の中はかげろうのごとしと見よ。
世の中をこのように観ずる人は、死王もかれを見ることがない。

171
さあ、この世の中を見よ。
王者の車のように美麗である。
愚者はそこに耽溺(タンデキ)するが、心ある人はそれに執著しない。

172
また以前は怠りなまけていた人でも、のちに怠りなまけることが無いなら、その人はこの世の中を照らす。
──あたかも雲を離れた月のように。

173
以前には悪い行ないをした人でも、のちに善によってつぐなうならば、その人はこの世の中を照らす。
──雲を離れた月のように。

174
この世の中は暗黒である。
ここではっきりと(ことわりを)見分ける人は少ない。
網から離れた鳥のように、天に至る人は少ない。

175
白鳥は太陽の道を行き、神通力による者は虚空(ソラ)を行き、心ある人々は、悪魔とその軍勢にうち勝って世界から連れ去られる。

176
唯一なることわりを逸脱し、偽りを語り、彼岸の世界を無視している人は、どんな悪でもなさないものは無い。

177
物惜しみする人々は天の神々の世界におもむかない。
愚かな人々は分かちあうことをたたえない。
しかし心ある人は分かちあうことを喜んで、そのゆえに来世には幸せとなる。

178
大地の唯一の支配者となるよりも、全世界の主権者となるよりも、聖者の第一階梯(カイテイ)(預流果)のほうがすぐれている。