仏教のことば:「沙弥(しゃみ)」

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沙弥(しゃみ)

出家して十戒を守り、具足戒を受けるまでの小僧。
女子の場合は沙弥尼(に)と呼ぶ。

サンスクリットのシュラーマネラśrāmaneraの音訳。
日本では,本来,20歳未満で出家し,度牒(どちよう)をうけ,十戒を受け,僧に従って雑用をつとめながら修行し,具足戒をうけて正式の僧侶になる以前の人をさす。
女性の場合は沙弥尼と称す。
僧尼令では,僧・尼の注釈に沙弥・沙弥尼を加えており,僧尼と同じ扱いをうけているが,実際は僧の下に従属し,律師以上の僧官には従僧以下,沙弥と童子が配されていました。
具足戒を受けず,沙弥のままいた人々も多く,また正式のルートによらないで出家した僧(私度僧(しどそう))は私度の沙弥とか在家沙弥と呼ばれた。

出典 株式会社平凡社

「門前の小僧(こぞう)習わぬ経を読む」とは、日ごろ接しているものから感化・影響を受けることをたとえる諺です。

沙弥[しゃみ]とは、サンスクリットŚrāmaṇera[シュラーマネーラ]またはパーリ語Sāmaṇera[サーマネーラ]の音写語で、勤策男[ごんざくなん]または求寂[ぐじゃく]などと漢訳される、原則として数え14歳から20歳未満の年少男性出家修行者、いわゆる小僧[こそう]です。

沙弥には、生涯の師・根本の師となる長老比丘、いわゆる和上[わじょう](サンスクリットUpādhyāya[ウパーディヤーヤ]あるいはパーリ語のUpajjhāya[ウパッジャーヤ]の音写語とされる言葉)、これは具足戒を受けてから十年以上を経過しており、法(Dharma)と律(Vinaya)とに長じ、かつ人徳ある僧のことですが、そのもとで十戒を受け、出家することによってなることが出来ます。

むろん沙弥とは出家者ですが、しかし僧伽の正式な成員ではなく、よって布薩[ふさつ]などの僧伽の重要な儀式などに参加することは出来ません。
また僧伽に布施された食事や物について、比丘達の許可や布施者の指定がなければ、その分配に預かることはできません。

沙弥が数えで20歳となって具足戒を受け、比丘となって初めて、僧伽の一員として認められます。

もっとも、沙弥の生活は比丘に準じたものであり、具足戒を受けてはいなくとも出家修行者に変わりありません。
よって、これを犯すようなことがあれば、悪作[おさ]という罪が適用されます。
また、悪作以上の罪を犯した場合、比丘と同じ罰は与えられませんが、それなりの懲罰が与えられます。
時には追放に処せられる場合もあります。

沙弥には、先に述べたように、数え14歳からなることが出来ます。

場合によっては7歳から沙弥になることも出来ます。
また、20歳を過ぎて比丘になることが出来るにも関わらず、なんらかの理由によって具足戒を受けずに沙弥のままでいるものもあります。

日本では一般に、7歳から14歳未満の沙弥を駆烏沙弥[くうのしゃみ]、14歳から20歳未満の沙弥を応法沙弥[おうぼうのしゃみ]、20歳以上のものを名字沙弥[みょうじのしゃみ]と呼称しました。
もっとも、これは呼称が異なるのみでその扱いや立場が異なるという事はありません。

二十歳を超えてなお具足戒を受けず、名字沙弥で居続けるのには、いくつかの理由が考えられます。

一つは、比丘となってしまうと権利も増えるが義務もまた格段に増え、行動に制限がされてしまうから、いつでなろうと思えばなれるが、あえて比丘にはならない。
また一つは、比丘にはなりたいが、親の許可が降りない、借金がある、伝染病に罹患しているなどの理由で、現在の状態では具足戒を受けられない。
あるいは身体的に不具であって、決して具足戒を受けることが出来ない、などです。

7歳から14歳の駆烏沙弥とは、「カラスを駆う沙弥」との意味です。
この呼称の由来は、両親を亡くして路頭に迷っている子供を不憫に思ったアーナンダ尊者が、彼等を沙弥として出家させて良いかの許可を釈尊に求め、釈尊は「僧園を荒らす鳥を追い払う」程度の能力があるならば、との条件付きで許されたという因縁によるものです。

小僧とは、本来「大僧(だいそう)」に対する言葉で、「小僧(しょうそう)」と読まれた。
「大僧」とは、一人前の成年僧が守る戒としての具足戒(ぐそくかい)を受けた者をさすが、それに対し「小僧」とは、出家はしたものの具足戒を受ける以前の「沙弥(しゃみ)」をさす言葉として使用された。
それ故、「小僧」という語には、出家者の中で「年少の者」という意味と「未熟な者」という意味がともに含まれていました。
奈良時代に民間布教を精力的に行なった行基(ぎょうき)が弾圧された際、彼は「小僧(しょうそう)行基」と蔑称された。

平安時代の説話集『今昔物語集』では、僧侶の間で相手を卑しめる際に「小僧(こぞう)」という言葉が使われ始めています。

古代から中世にかけては、僧が自分卑称して用いる言葉である「愚僧」などと同じようにも使われました。
これらは、寺院の中における僧尼の身分秩序を表現する言葉であり、それが元来の用法です。