仏陀真理のことば: 第十五章楽しみ

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15章は人生における楽しみとは何かというテーマです。

勝ち負けは賭け事の世界だけではありません。
世の中生きていくのによく言われる言葉に、勝ち組とか負け組みという言葉がよく使われます。

どこまでを勝ち組といい、どこまでを負け組みというのか定義があるわけではありません
負ける人がいなければ勝つ人はいません。
逆も同じです。

勝つということは、通常は人の満足を得る方にあります。
勝つも負けるも定義であり満足感を味わうほうの人を勝利者と言い、敗北感をもってしまうほうの人を敗者としています。


勝利する人がいれば、敗者がいるわけであり、その敗者は怨みを抱くことになると言っていると思います。

勝った負けたの思いで生活すれば、必ず敗者が生じ、恨みの念を持たれます。

しかし勝ち負けを超越するならば、恨みの生じることはないのです。

どのようにしたら超越できるのかしょうか。
それは仏陀の教え、真理を体得することだと思います。

197
怨みをいだいている人々のあいだにあって怨むこと無く、われらは大いに楽しく生きよう。

怨みをもっている人々のあいだにあって怨むこと無く、われらは暮らしていこう。

198
悩める人々のあいだにあって、悩み無く、大いに楽しく生きよう。
悩める人々のあいだにあって、悩み無く暮そう。

199
貪っている人々のあいだにあって、患い無く、大いに楽しく生きよう。
貪っている人々のあいだにあって、むさぼらないで暮らそう。

200
われわれは一物をも所有していない。
大いに楽しく生きて行こう。
光り輝く神々のように、喜びを食(ハ)む者となろう。

201
勝利からは怨みが起る。
敗れた人は苦しんで臥す。
勝敗をすてて、やすらぎに帰した人は、安らかに臥す。

202
愛欲にひとしい火は存在しない。
ばくちに負けるとしても、増悪にひとしい不運は存在しない。

このかりそめの身にひとしい苦しみは存在しない。
やすにぎにまさる楽しみは存在しない。

203
飢えは最大の病いであり、形成せられる存在(=わが身)は最もひどい苦しみである。
このことわりをあるがままに知ったならば、ニルヴァーナという最上の楽しみがある。

204
健康は最高の利得であり、満足は最上の宝であり、信頼は最高の知己であり、ニルヴァーナは最上の楽しみである。

205
孤独(ヒトリイ)の味、心の安らぎの味をあじわったならば、恐れも無く、罪過も無くなる、──真理の味をあじわいながら。

206
もろもろの聖者に会うのは善いことである。
かれらと共に住むのはつねに楽しい。
愚かなる者どもに会わないならば、心はつねに楽しいであろう。

207
愚人とともに歩む人は長い道のりにわたって憂いがある。
愚人と共に住むのは、つねにつらいことである。
──仇敵とともに住むように。

心ある人と共に住むのは楽しい。
──親族に出会うように。

208
よく気をつけていて、明らかに知慧あり、学ぶところ多く、忍耐づよく、戒めをまもる、そのような立派な聖者・善き人、英知ある人に親しめよ。
──月がもろもろの星の進む道にしたがうように。

 

 

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