仏陀の教え(3)四門出遊

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「四門出遊」、後世に生まれた説話

釈尊の出家の動機としてよく語られる「四門出遊」という説話があります。

釈迦族の王子として育ち、何不自由のない暮らしをしていた若者がなぜ出家したのでしょうか。

釈尊が物思いに耽って、いまでいう鬱(うつ)の状態になっているのを案じた父が、彼を城外に出して散策させます。

彼がカピラ城の東門から外に出たら、杖をついて若しそうにしている老人と出会います。

釈尊は従者に間きます。

「あれは何か」と。

「老人でございます」と従者が答えると、

「老人とは何か……」と釈尊は重ねて問います。

「はい、人間が年をとりますと、あのような姿になります」

「誰でも老人になるのか?」

「さようでございます」

「おまえも年をとると、ああなるのか?」

「はい」

「この私もやがては老人になるのか?」

「はい、さようでございます」 と従者は答えます。

それを問いて釈尊は引き返します。

また別の日に南門から出たら路上に倒れている病人と出会い、西門から出たら死者を悼む葬儀の列に出合います。

そのつど、あれは何かと聞きます。

お釈迦さんはいい年をして老人も病人もわからないのか、と思う人がいるかもしれません。

でも、質問には二つあります。

わからなくて質問する場合と、自分はよく知っているが相手に理解を深めさせるために聞く場合とがあります。

釈尊の質問はその後者で、

「老」

「病」

「死」

という人生の重大事実を相手に深くわからせるために、そのつど聞いたのです。

それらを目にして、生きていれば老・病・死の三苫は避けられないのに、誰もそれを自覚することなく日々を無為に生きていることを痛感します。

そして最後に北門を出たときに出家した修行者に出会い、その落ち着いた、清らかな足どりで歩く姿に感動し、自らも出家をしようと決意したといいます。

これが「四門出遊」、後世に生まれた説話です。

二十九歳で家を出たブッダは山林に入り、六年にも及ぶともいわれる凄まじい苦行をなさいました。

「四門出遊」の話の中で、釈尊は北門を出たところで出会った出家者に対して「どうして、このように優雅で、しかも尊い人柄ができたのか」と尋ねるんです。

すると、その出家老は

「私もかつてあなたと同じように老・病・死の人生の大きな問題で悩み続けた。老・病・死の苦悩の解決は他に求めて得られるものではなく、また瞑想して観念的に解決のつくものでもありません。自分を正しく支配できるように厳しい努力を重ねる以外に方法はないのです。」

と、自分の体験を語ります。