衣鉢(えはつ・いはつ)
衣鉢(えはつ)
「えはち」とも読む。
三衣と一鉢のことです。
修業者が持つ九条と五条の袈裟と応量器といわれる鉢。
転じて教法、宗旨、奥義。
衣鉢を継ぐ、といえば、弟子となって教えを受ける、の意味です。
修行僧は俗世間の欲望を断って、簡素な生活をすることが原則です。
個人の所有物は限られていました。
一般に三衣一鉢と言われ、三種類の衣類と、一個の鉢だけが持つことを許されました。
三衣にはいろいろな呼び方があります。
僧伽梨そうぎゃり=大衣だいえ、重衣じゅうえ、雑碎衣ぞうさいえ、高勝衣こうしょうえ、九条衣・・・正装用で袈裟の原型と言われるものです。
鬱多羅僧うったらそう=上衣じょうえ、中価衣ちゅうかえ、入衆衣にゅうしゅうえ、七条衣・・・礼拝や聴講の時に着る衣です。
安陀会あんだえ=中衣、内衣、中宿衣、中着衣、五条衣・・・日常の作業や寝るときに着る肌着です。
女性の場合はさらに、腋わきや胸を覆う覆肩衣ふげんえと水浴衣を持つことが許されました。
三衣+2=五衣といいます。
鉢は托鉢たくはつの際に布施ふせ=主に食物を受ける食器です。
鉄製、陶製、木製、匏ひさごの四種類があり、材料、色、容量などが決められているので、応量器おうりょうきとも呼ばれます。
三衣六物 さんねろくもつ
三衣一鉢に、座具ざぐと漉水嚢ろくすいのうを加えたものが六物ろくもつです。
座具は坐具とも書きます。サンスクリット語の音写で尼師壇にしだんとも呼ばれます。座ったり寝るときに使う長方形の敷物です。
漉水嚢は水を使うときに、水中の虫を殺さないため、水をこす袋です。虫がいれば虫は元へ返します。
いずれも形、大きさ、材質など細かい決まりがありました。
十三資具衣 じゅうさんしぐえ
十三資具衣までは上座仏教で定められた持ち物です。名称はいずれもサンスクリット語の音写です。
1.僧伽梨そうぎゃり
2.温咀羅僧伽うたらそうぎゃ
3.安咀婆娑あんだばしゃ
4.尼師但那にしたな
5.泥伐散那にばさな
6.副泥伐散那
7.僧脚欹迦そきゃきか
8.副僧脚欹迦
9.迦耶褒折那かやほしゃな
10.木法褒折那もきゃほしゃな
11.鷄舎鉢羅底掲喇呵けしゃはらちからか
12.建立鉢喇底車憚那けんどはらちしゃたな
13.髀殺社鉢利色迦羅びさしゃはりしから
1~3は三衣。
4は敷物。
5は裙くん腰巻のようなもの。
7は前出の覆肩衣。
最初は女性だけでしたが、後に男性にも許されます。
9は身体を拭く手ぬぐい。
10は顔用の手ぬぐい。
11は剃髪の時の衣。
12はできものを覆う布。
13は薬が必要なときに薬と交換するための布。
9、10、13は、沐浴用の布、雨具、資具を覆う布、になっている場合もあります。
十八物 じゅうはちもつ
中国や日本では、気候や風土がインドとは異なるので、持ち物の数が増え、大乗仏教では十八物になります。
三衣はまとめて一つと数え、六物に以下の14点が増えます。
十三資具衣はいずれも衣か布でしたが、
十八物になるとかなり多岐にわたります。
●楊枝ようじ 歯ブラシ用。直径1cm位の楊の枝を刷毛のように割いたもの。
●澡豆そうず 石鹸の代わりとなる豆の粉。
●瓶びょう 飲料水用のビン。
●錫杖しゃくじょう 先端に金属の輪がついた杖。お地蔵様が持っている杖。
●香炉こうろ
●手巾しゅきん 手ぬぐいのようなもの。用途により何種類かある。
●刀子とうす 剃髪や裁断用の小刀。
●火燧かすい 火打ち石。
●鑷子じょうす or にょうす 毛抜き。
●縄牀じょうしょう 縄を編んで作った椅子。
●経本
●戒本かいほん 修行の約束事が書かれた本。
●仏像
●菩薩像
経本と戒本、仏像と菩薩像、をそれぞれ一つにまとめ、三衣は三つとして数え、12点+六物で十八物とする場合もあります。
また、楊枝と澡豆を除き、三衣を三つとして数える場合もあります。
その昔、インドのお坊さんは、『三衣一鉢(さんねいっぱち)』といって、
大衣(だいえ)・上衣(じょうえ)・下衣(げえ)の
『三つの衣(=いわゆる“お袈裟”のこと)』と、
『一つの鉢』、
だけしか持つことが許されていませんでした。
従って、この衣鉢(“えはつ”とも読みます)だけがお坊さんの全財産であり、
自分の使っている衣鉢を弟子に伝える(渡す)ことが、その人物を自分の後継者と承認すること、とされたわけです。
“衣鉢を継ぐ”=学問や芸術などで
師からその奥義を受け継ぐ
という言葉は、ここから生まれたました。