仏陀の物語(7)八正道を説く

スポンサーリンク

八正道を説く

「ある人物が深い森の中を彷徨い歩いたときのことです。

草深い中にむかしの人々が行き来した古道を発見しました。

彼がその道をたどってみると、はからずも古城の跡に遭遇したのでした。

そこは荒れてはいたが美しい蓮の花を浮かべた池が静かに水を湛え、周りには実りある果樹の園林がめぐらされた、すばらしい都のあとでした。

彼はすぐに引き返し、その様子を王に報告したのです。

そして、どうぞ彼の所に再び城を築き王都となさいますように、と進言したのです。

王はそれを入れ、その森の中に城を築き直し、王都と定めた。

そこは忽ちに人々が集り住み殷盛を極めたということです。」

仏陀がこのたとえ話を通じて弟子たちに語りたかったことは何でしょうか。

仏陀はナイランジャナーのほとりで正覚を得たときここを回想して、その悟りに至った道すじを話しかけたもので

「私も、過去の求道者のたどった道を発見しました。
それは森の中を彷徨ったこの人物と同じような古道でした。
古道は八つに分かれていましたが到達するところは1カ所でした。
それは、正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定の八つです。
これを八正道と名付けました。
私はその道にしたがって進み、やがて老死を知り、それが如何にして来るものかを知ったのです。
また老死を克服すべき道を知ることを得ました。」

仏陀によってもたらされた法は人間が、永遠に通じる道なのに、仏陀はこれを己の発見したものとは言わなかったのです。

ただ、過去の求道者や正覚者たちがたどった古道をよく再見したに過ぎないと語りました。

こういう真理は、われ一個のはからいによるものとは言わなかったのです。

そして古い経典は次のような話を伝えています。

正覚を成就してまだ間もない仏陀は菩提樹の下にとどまって居られたが、ふと心中にある思いが頭をもたげた。

この時、正覚を得たとはいえ三十五歳の仏陀には、未だただ独り天下の高所に立つ自信が確立していたわけではなかったようです。

「尊敬し師事できる、沙門かバラモンがいれば、安心である」。

仏陀は、誰か、同じ思想を抱くものがあれば相依って行きたいと、いろいろに思いをめぐらしたが、師事するような者は居ないのです。

仏陀がついに行きつき、ひらめいた考えはこうでした。

「私は、法によって悟り得たのです。

この法こそダ私が師事し、尊敬し、敬重すべきものである」。

これを後に仏教は「法に依りて人に依らず」と説いています。